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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(あ)1398号 判決

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人吉田富美香、同目黒眞實、同飯塚静江、同池永章一郎、同谷川朋彦、同土橋眞由美及び弁護人今村俊一連名の上告趣意のうち、犯罪の謀議に加わつたのみで実行行為をしなかつた者をも刑法六〇条の共同正犯として処罰しようとするいわゆる共謀共同正犯論は右規定を不当に拡張し不明確にするものであるなどとして、憲法三一条のほか、一三条、一九条、二一条、三七条の違反をいう点は、いわゆる共謀共同正犯の成立に必要な共謀に参加した事実が認められる以上、直接実行行為に関与していない者であつても、他人の行為をいわば自己の手段として犯罪を行つたものとして共同正犯としての刑事責任を負うものと解すべきであり、このように解し、本件各犯行につき実行行為者らとも意思を相通じ共謀したものと認められる被告人らについて共謀による共同正犯として刑事責任を問うたとしても、憲法三一条のみならず一三条、一九条、二一条、三七条に違反するものでないことは、当裁判所の判例(昭和二九年(あ)第一〇五六号同三三年五月二八日大法廷判決・刑集一二巻八号一七一八頁)及びその趣旨に徴し明らかであるから、所論は理由がなく、その余は、憲法三一条、七六条三項違反をいう点をも含め、実質はすべて事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、所論にかんがみ、第一審東京地方裁判所が本件各被告事件について土地管轄があるものとして審理判決した点の適否につき、職権で判断する。

一記録によれば、次のような事実を認めることができる。

1  被告人らは、いずれも昭和五三年四月一六日本件各被告事件について犯罪地及び被告人らの現在地として土地管轄を有する千葉地方裁判所に勾留中起訴されたものであるが、検察官は、同年六月一九日同裁判所に対し、右各被告事件を、同じく同裁判所に起訴されており、東京都内に住所を有する伊藤みどりらに対する兇器準備集合等被告事件に関連するとして、刑訴法九条一項三号、六条、八条一項を根拠として、同法一九条一項により、右伊藤みどりらに対する前記各被告事件につき土地管轄を有する東京地方裁判所に移送すべき旨の請求をした。これを受けた右千葉地方裁判所は、同月三〇日、本件各被告事件については、右検察官指摘のとおり、東京地方裁判所も管轄権を有するものとして、いずれも同法一九条一項により、同裁判所へ移送する旨の決定(以下「本件各移送決定」という。)をした(なお、右伊藤みどりらに対する各被告事件についても、そのころ東京地方裁判所に移送する旨の決定がされていることがうかがわれる。)。本件各移送決定に対し、弁護人らは、東京地方裁判所には本件各被告事件についての土地管轄があるとはいえないなどとして、右各移送決定の違法不当を理由に同条三項により即時抗告を申し立てたが、東京高等裁判所は、同年八月一五日右各移送決定に違法不当はないとして各即時抗告棄却の決定をし、右各決定については、特別抗告の申立もなく、いずれも確定した。

2  本件各被告事件について審理を担当することとなつた東京地方裁判所刑事第二部は、その後被告人谷川朋彦については、東京都内に住所があること及び少年であることが判明したため、同年九月一二日公訴棄却の判決を言い渡したが、同被告人が少年法所定の手続を経て改めて同年一〇月六日本件被告事件につき東京地方裁判所に起訴されたので、同年一二月二二日被告人らに対する本件各被告事件を併合して審判する旨を決定し、同五四年一月一一日に第一回公判を開いたところ、弁護人及び被告人らから、同裁判所には土地管轄がない旨の管轄違の申立がされたが、本件各移送決定が確定していること等を理由に審理を進め、同五五年三月三一日被告人らに対し、有罪判決を言い渡し、その理由中で管轄違の申立を排斥する旨の判示をし、原判決も、右第一審裁判所の措置を是認した。

二然るところ、本件記録による限り、第一審判決及び原判決の判示するとおり、本件各被告事件と前記伊藤みどりらに対する被告事件とが刑訴法九条一項三号に該当する関連事件であるかどうか明らかではなく、かつ、本件各移送決定当時、被告人らのいずれについても東京都内に住居を有することが明らかな者はいなかつたのであるから、右時点においては東京地方裁判所が本件各被告事件について土地管轄を有するものとはいえず、その段階でこれを理由に管轄違の申立がされたならば、同裁判所としては同法三二九条により管轄違の判決をせざるをえなかつたものと考えられる。

三しかしながら、本件においては、前示のとおり、本件各移送決定が確定し、東京地方裁判所に本件各被告事件の訴訟係属が生じた後、被告人谷川朋彦について、東京都内に住所を有することが判明し、前示の経過で、一たんは公訴棄却の判決がされたものの、同五三年一〇月六日に改めて右住所地を管轄する東京地方裁判所に本件被告事件につき公訴が提起されたのであるから、同被告人に関しては土地管轄の存否を問題とする余地はなく、また、同被告人に対する本件被告事件とその余の被告人らに対する本件各被告事件とが同法九条一項二号該当の関連事件であることには争いがなく、したがつて、同裁判所は被告人谷川朋彦以外の被告人らに対する本件各被告事件についても同法六条により土地管轄を有することが明らかになつたものであつて、このように、本件各被告事件について、本件各移送決定が確定し東京地方裁判所に訴訟係属が生じた時点以後、仮に一時期同裁判所に土地管轄があることが明らかでなかつたとしても、刑訴法の定める土地管轄制度及び刑訴法三三一条の規定の趣旨に照らせば、その後土地管轄が具備されるに至つた場合には、土地管轄についての右瑕疵は治癒されたものというべきである。

第一審東京地方裁判所が本件各被告事件について管轄違の言渡しをすることなく実体について審理し判決したことを是認した原判決は、結論において相当である。

よつて、刑訴法四〇八条により、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官団藤重光の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官団藤重光の意見は、次のとおりである。

共謀共同正犯に関するわたくしの見解は、昭和五七年七月一六日第一小法廷決定(刑集三六巻六号六九五頁)におけるわたくしの意見中に述べたとおりであつて、本件多数意見中当該説示部分とは趣を異にする点がある。

しかし、原判決の是認する第一審判決が本件当日の本件現場付近における状況として詳細に認定しているところによると、「共謀」に焦点を合わせた形の認定になつているために、私見とのあいだに若干のずれがあることはまぬかれないが、被告人らが現場において一体となつた行動によつて共同してそれぞれの構成要件該当事実を実現していることが、実質的に認定されているものといつてよいとおもわれる。このようなばあいには、前記意見中に述べたような行為支配理論による正犯性の見地を持ち出すまでもなく、私見においても、ほぼ共同正犯の成立がみとめられるのである。

なお、土地管轄についての瑕疵の治癒に関する判旨は、もちろん、わたくしの全面的に同調するところである。

(藤﨑萬里 団藤重光 中村治朗 谷口正孝 和田誠一)

被告人及び弁護人今村俊一の上告趣意(その一)(その二)〈省略〉

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